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木曜日の私 (2011年5月-6月)

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眼/視力右0.1、左0.3。なにもかもが細かい塵で覆われている。30センチ先の相手も微粒子でぼんやりしている。不良のレンズ。前と横が見える。見えない方向が後ろ。数秒おきに、1日おきに閉じたり開いたりする。耳/近づく人の足音を聞く。踏み切りの音を聞く。かばんが震えている。電話が鳴っているのだと思う。呼び出し音を聞かずにプラスチックのイヤホンを通して音楽を聴いている。電話をあてる。ここにいない人の声が聞こえる。左の方が性能が良いので、できるだけ右側に立つ。唇/口の上下にあるひだ。熱いものや冷たいものに触れる。最初の通過点。開いたり、すぼめたりすると、声の大きさや音色を調節できる。うまく操作すれば、口笛を吹くことができる。うまく操作すれば、への字が書ける。うまく操作すれば、微笑むことができる。・・・
(「眼」「耳」「唇」)

 

「木曜日の私」は水田紗弥子さん企画の展覧会「皮膚と地図Ⅱ-記憶と時間への近づき方」への参加作品として制作したもので、展覧会の「キャプション」のみからなる28点の連作である。
美術の展覧会へ出品するのは初めてで、言葉がフィールドのTOLTAとして何をすればよいかを考える必要があった。視覚的に「文字」を展示するようなヴィジュアルポエトリー的なものは最初から選択肢になく、言葉の意味をどのように美術の展示にのせるかが焦点だった。結果として、観客がキャプションだけをみて、そこにないけれど「ある」はずの何かを想像してくれるようなものを作ろうと思った。

 

「「皮膚」は身体の感覚を「地図」は論理的思考を表しています。この二つの言葉が複雑に絡まって生成されている作品に出会ったときの体感がテーマの核となっています。それは内側からも外側からも形づくられる「皮膚」の柔軟さや、今まさに創られている途中のルール無視の「地図」、そういうものが含まれる作品に出会う感覚に近いかもしれません。」(皮膚と地図Ⅱ 水田紗弥子)

 

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作品は「眼」から始まり、耳、唇、肩、腕、腰、背中、脚、指、と身体の各部分へ移り、ついで髪、羽根、うろこ、牙、尾、くちばし、水かきと、人間以外の生き物へ変容していく。バネ、ネジ、ケーブル、タイヤ、といった機械に変わり、最後はクレーン、ヒコーキ、貨物船、土、みずうみ、ネッシー、ともだち 、歌、で終わる。テキストの制作は河野と山田共同で行った。美術の展覧会だからこそできたもので、作るのがとても面白かった。タイトルの「木曜日の私」は、会場となった新宿眼科画廊が木曜日は休廊なのに由来する。
 
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「木曜日の私」
シリーズ作品。全28点。
紙、スチレンボード
河野聡子、山田亮太
 

「皮膚と地図Ⅱ-記憶と時間への近づき方」
会期 2011年5月27日(金)~6月8日(水)※木曜休廊
アーティスト 利部志穂 白木麻子 村上郁 DIG&BURY  TOLTA
企画 水田紗弥子
会場 新宿眼科画廊 東京都新宿区新宿5-18-11
 
 
 

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