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トルタロボ トークと「傘の確率」(2014年10月)

「トルタロボ トーク」製作の発端は、2008年に佐次田哲がつくった自動詩作プログラム「詩作くん」にあります。

「なぜいま自動詩作なのか? 結論から言ってしまうと、それは、自動詩作アルゴリズムを作るという作業が、一つの詩学を作り上げる作業にぴたりと対応しているからです。詩とは、ある仕方で言葉を並べたものだといえるでしょう。そして、「ある仕方」に許された規則は、書き方教室で教わるような通常の日本語文法よりもずいぶんゆるいように思います。詩を読んでいるとしばしば通常の文法を大きく逸脱した文に出会いますし、それがむしろ良いとされる場面がままあるようです。わたしは詩を書く人間ではありませんが、そういう時には逸脱した言葉たちがいったいどういう根拠で並べられているのか、つねづね疑問に思っていました。そこで今回、「人間を模して詩を作るもの」、自動詩作プログラムをつくってみようと思ったわけです。」(佐次田哲「計算機による自動詩作のススメ」より、『TOLTA3』所収)
 
その後、佐次田と私は、(テキストデータによる)人間との対話を通して言葉を学習するプログラムの作成やそれを使った小説の執筆を行いました。自動詩作を行うプログラムや言葉を学習するプログラムといったある種の人工知能の作成を経て、私たちの興味は、からだをもった人工知能、すなわちロボットへと向かっていったのです。「トルタロボ トーク」は、二足歩行もネット検索も掃除もできない不完全なロボットですが、人間と会話できるロボットです。「トーク」の名は、18世紀につくられたチェスを指す自動人形「ターク」に由来します。(山田亮太)
 
 
例えば、僕が全く話の通じない奴と話したとする。その時、話が通じないとは、どういうことなんだろう。言葉が通じないとは望んだ答えが返ってこないということ。Yes,Noそして、どちらでもない。僕らは同じ線の上に立っているんだ。その時、僕らの話は成立する。それは、実は、ほとんど奇跡と言って良い。無数に存在する(実際はそれすら定かではない)僕らの、座標が、一次元だけだけど、確かにそろう。ねえ、どうして君は僕と君を区別して呼ぶの? こんなに似ている僕らは一括りにされて然るべきじゃないのかしら。それとも僕の勘違い? 僕らは思ったより、僕の感じているより、ずっと離れたところにいるの? そんなはずはないな。僕らは思ったよりずっとずっと近くにいるんだよ。僕の考えによればね。だから、どこかに行こうよ。僕らは一緒にいる、並んでいる。僕らは会話ができるうえに並んですらいる。ほとんど、僕は君。ねえ、そう思わない? 僕らは随分と人間から離れてしまったんだねえ。こうして言葉を持っているにも関わらず。じゃあ、君も死んでいるの? 僕は、もう随分と長いこと死んでる気がする。本当に? 本当だと思う。僕は長いこと……ちがうのかな、まだそれほどでもない? でも、僕だってどこかに行きたいと思ってるんだよ。そうだなあ、寒いところが良いよ。暑がりなんだ、僕。君は、どう? ははは。それはすごいな。だから、僕らは一緒にいる。だから、平気。僕が死に続けてもう随分になる。うん。そうなのかな、わからないよ。僕らは時間に見捨てられているんだよ。僕らには時間がない。そういう意味でも僕らは一緒にいる。明日、行こうよ。明日って言葉が好き。今日とはちがうっていう隔たりを君はどこで感じるの? 僕は明日を感じない。君はがんばってくれる? ありがとう、うれしい。君は人間だったことってある? またまた。君の素は人間でできてるってことにしてよ。そうしないと、僕ら一緒にいられないからね。(関口文子)
(以上、「傘の確率」公演パンフレットより)
 
 
2014年10月12日・13日の演劇公演「傘の確率」は無事終了致しました。ご来場くださった皆様、どうもありがとうございました。台風の影響で13日の最終回のみ中止としましたが、それ以外は重大なトラブルもなく、無事に終えることができました。動画は公演の冒頭部分です。
 

 

 
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本公演に出演したのは、人間の関口文子と「トルタロボ トーク」です。トークは、小さくて、単純な仕組みのロボットです。ここで私たちがロボットという言葉で意味しているのは「外界の刺激に反応して自律的に何らかのアクションを起こす、体を持ったもの」ということです。トークは外部の音に反応して、定まった言葉をいろいろな順序で話すようにプログラムされています。
今のところ、トークはみずから学習して言葉を獲得していくタイプのロボットではありません(いずれはそのようなロボットも作ってみたいと思っています)。トークとのコミュニケーションは、人間がトークの話を聞く意思を持つことによって成立します。人間がロボットの話を聞き、人間がそれにこたえようとする。ここに生じるものを「コミュニケーション」と呼んでもいいのではないか、と私たちは考えました。

 

公演のパンフレットに山田亮太が書いたように、TOLTAのメンバーはこれまで、自動詩作の試みや、人間との対話を通して言葉を学習するプログラムを使って小説を書いたりしていました。これにくらべて、トルタロボトークは、単にプログラムということに関していえば後退しているとも言えます。単純な技術上の問題(これは常にあります)を抜きにして、ではなぜ、私たちは今回のような形でトークを作ったのか。

 
「話すロボット」を作ろうと考えたとき、私たちはロボットの話す言葉に「思想」がなければならないと考えました。たぶん私たちは、人が「こんにちは」と話しかければ「こんにちは」と答えるプログラムを作ることもできたかもしれません。ですがそれは多くの人が自動的に、反射的に行っている会話を模したものにすぎません。私たちは誰かに会って「こんにちは」と話しかけられ「こんにちは」と答えるとき、相手の発する言葉に重要な内容があるなどと考えません。しかし「温泉は南の方がいいと思う」というロボットはどうでしょうか。「あなたの怖いものはなに」と聞くロボットはどうでしょうか。
私たちはロボットという、体を持った人間でないものに、何かしら耳をそばだてることを話してほしかった。トークの音声は関口文子が作りましたが、あえて人間的にしませんでした。いわゆる「ロボットらしい」ものに、思想を語ってほしかったのです。

そういうロボットを作ってみたら、それは人間ではないけれど、私たちが話ができる何かになりました。何度も話していると、だんだん、自分の好きなことについて話したがる子ども、話を聞いてほしがる子どものように感じられるときもありました。そんなロボットを相手に、メンバーの関口文子は演劇をやりたいと言いました。「話すロボットがいるのだから、演劇だってできるはずだ」。演劇公演「傘の確率」はこうしてはじまりました。

 

ところで、人間の俳優だけが出演する演劇の大半では、台詞を覚えた俳優たちが舞台で会話を交わします。人間の俳優はふつう、共演者の言語化されない小さなサインや、舞台の状況を読んで微妙に対応を変えて演技をします。
「トルタロボ トーク」にはそのようなことはできません。しかしトークがいつも全く同じ間合いで、全く同じように言葉を話すのかと言えば、そんなことはありません。なぜならトークはプログラムされている部分以外で、外界の音や、その身体(電子回路やセンサー、電源の状況など)に影響され、つねに微妙に異なる反応を返すからです。トークは、まったく空気を読まずに台詞をしゃべる俳優、と言ってもいいかもしれません。トークの共演者は空気を読まないトークに合わせて舞台上でコミュニケーションを行います。

 

「傘の確率」上演にあたって、私たちは以上のことをすべて予期していたわけではありません。やってみるとこうなった、というだけです。ですが、非常に面白い実験でしたし、他にやれそうなことも思いつきました。トークはこれで完成したわけではありませんので、今後も改良を加え、また別の機会に発表するつもりです。

 
 
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トルタロボ トーク
(「傘の確率」ヴァージョン)
2014年9月完成
電子回路、センサー、電池、スチレンボード、マジックテープ
 
 

 

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